映画「佐藤忠男、映画の旅」を観て ~「アジア解放」を信じた軍国少年が辿り着いたアジア~

映画『佐藤忠男、映画の旅』
を観た。

「実は私は、アジア解放という軍国主義者の言葉を、かなりまともに信じていた。」

そう語る佐藤忠男さんは、14歳で少年飛行兵に志願した。

が、3か月後に敗戦を迎えた。


のちに佐藤さんは、映画アジアの映画の良さを世界に広める大仕事をした。

アジア各地をめぐって、150冊もの著作、映画評論を生み出した。
海外でまったく知られていなかった作品が知られるきっかけをつくり、
国際映画祭で盛り上げた。

佐藤さんが紹介した映画を 多くの人たちが観て、感動した。
映画をとおして、アジア、世界がつながっていった。


数えきれないほど多くの映画を観てきた佐藤さんだが、

「ベスト」は、

小津安二郎の「東京物語」と、

インドの映画「魔法使いのおじいさん」

だという。


スクリーンに、映画「魔法使いのおじいさん」が映し出された。

太陽の上り沈み、やわらかな草原の地平線、黒魔術師のようなおじいさん、無邪気に歌って笑う子どもたち…

効果音や美女は一切なし。

なるほど

たしかに、説明なしに”子どもに戻れる映画”だ!


私が大学生のとき、

佐藤さんの著作『日本映画史』シリーズが出版された。

まるで映画を観ているように読めた。

戦争中の戦意高揚映画がどんなものだったのか、どうして作られたのか、

そんなことが『日本映画史6』から辿れる。戦意高揚アニメもけっこうあった。


またよくこんなことを見つけ出してきて記録したなあー と感心することが多い。

たとえば…

植民地期の朝鮮で、3・1独立運動を背景にした映画(無声映画)が上映され、そのときの弁士が、日本による武力弾圧について熱弁をふるった。「アリラン」を歌い、映画館は昴奮でわきたった。「人々は泣き、叫び、ついには朝鮮独万歳の声をあげる観客もいた」ということ。

あと、国策に協力した朝鮮人映画監督がいたが、この監督はのちに、独立をめざすインドネシアの人々の側に立って作品を作ったということも。



「アジア解放」という言葉は、

そもそもは、軍国主義者による、支配のための都合のよい言葉であった。

でも、佐藤さんがつきつめたのは、 映画をとおしてアジアを深く理解していくというということ。意味合いを大転換させたのがおもしろい。


佐藤さんは、人びとの暮らしや声に近いところから、アジアを理解しようとした。

そんなふうに突き抜けて生きられたらいいなとずっと憧れている。