「地団駄を踏む」短歌 

福島県浪江町(まち)出身の歌人
三原由起子さんの講演を聞いた。

三原さんは、ピンク色の髪で、原宿のカルチャーが似合うような、ポップで可愛らしい印象の方だった。

実際、原宿が大好きで、若いころ原宿で働いていたという。

講演は、短歌と、その背景にある体験を語るという形で進んでいった。

配られた資料には、

震災前の故郷を詠んだ歌

そして

2011年3月11日以降の歌

が並んでいた。

短歌は短い。
でも、その短さの中に、
事故のあとに続いた時間が凝縮されている。

三原さんの歌の中に、こんな一首があった。

 再稼働のニュースが聞こえて心臓が脳が身体が地団駄を踏む/三原由起子

「地団駄」というのは、
知らない人が読むと、荒っぽく感じるかもしれない。

でも、
浪江町の人たちのことを思うと、
この言葉はむしろ
とても正直な言葉だと思う。

原発事故から十年以上たっても、
帰れない人がいる
親は帰りたいが子ども世代は戻れない
補償はまったく不十分
事故の原因も完全には解明されていない

そんな状況の中で、

新潟や北海道など、各地で
原発の再稼働のニュースが流れる。

そのときの感覚は、

きっと

地団駄を踏むような、
いてもたってもいられない気持ち
なのだと思う。

私は、
浪江町がどこにあるかよく知らなかった。

日常の忙しさを言い訳にして

原発事故のニュースも、
遠くの出来事として見ていたと思う。

でも、
福島から新潟に移住したある方と知り合い、
少しずつこの問題は私にとって
ずっと近いものになった。

自分で近づかないと、
分からない。

こんなふうに言うと
「意識が高いのね」
と思われそう…

それが嫌で、
言いにくかった。

でも、
知らなかったことを
「知らなかった」と言うことも大事。

フレコンバッグ
というものも知らなかった。

三原さんの資料の中に、
海岸線にそって、黒い袋がずらっと並んでいる写真があった。

 水平線がわたくしたちの水平線が侵されていく真っ黒になる/三原由起子

という歌とともに。

原発事故のあと、除染で出た、
 汚染された土
 落ち葉
 草
などを詰めたフレコンバック。

こんなものがあるということも、
私は知らなかった。



講演の中で、三原さんはこんな話もしていた。

福島といえば「復興」がよく語られる。
しかし実際には、生活に必要なものより、
見栄えのする開発が進められている現実があるという。

たとえば、大熊町のJR大野駅前には、すでに立派な建物が建っている。

さらに、三原さんの故郷である浪江町でも、浪江駅前で250億円規模の開発が進められているという。

本当に必要なのは、病院や生活の施設ではないか、と三原さんは語った。

 復興と言われてしまえば本当の心を言葉にできない空気/三原由起子


「復興は演出である。」

もっと叫んでいい。


三原さんの短歌には、

甘酸っぱい青春の歌もある。

高校生のころから、短歌を詠んでいるそうだ。

これは彼氏ができて故郷に帰ってきたときの歌。

 ふるさとを凱旋するよう夕方の商店街を二人歩みぬ/三原由起子

 

胸がきゅんとなってしまうではないか。

原発事故が奪ったのは、

土地や家だけではない。

 町の人たちの日常

 若いときの時間と帰る場所

 コミュニティ

そういうものも
いっきに奪ってしまったのだ。

長い文章や講演では、
なかなかなじまない人もいる。

でも、
短歌のような短い言葉なら、
ふっと心に入ってくるんだね。

三原さんの話を聞いて、書いて伝えることの大切さを感じた。

三原さん、ありがとうございました。


三原由紀子さんの歌集

歌集 土地に呼ばれる 三原由起子/著 本/雑誌 - Neowing

装丁も素敵。