31年間、原爆の詩を読み継ぐ――朗読劇『夏の空』

昨年に続き、今年も演劇くらぶ「葛の葉」の朗読劇『夏の空』を鑑賞しました。


この朗読劇は、「戦後50年」の1995年に始まって、現在までの31年間、毎年続けられているそうです。

被爆者が書いた原爆の詩や手記を、朗読と生演奏で紡いでいく舞台―

フルートとキーボードが、詩をそっと包み込むように寄り添います。

G線上のアリアなどの旋律とともに、詩の言葉と情景が脳裏に焼き付くのでした。

生き残った人は 思い出を凍らせて生き
生き残った人は 固まったマスクをつけて生きる
……

これは映像でもなく、ルポルタージュでもない。
短い言葉で胸に迫ってくる、
息子を失った母親の叫び
親を失った子どもの叫び。

あらためて、詩の持つ力の大きさに感じ入ります。



私は中学3年生のとき演劇部で、広島の原爆をテーマにした劇を上演しました。

勉強は嫌いでも、部活は好きでした。(演劇部は「変人」だらけで居心地がよかった。)

夏休み毎朝、体育館の舞台袖で、NHKが取材した被爆者証言のビデオを観て、原爆について学びました。

劇のセリフで―

泣きながら群れ歩いた裸の行列

という一節がありました。これは峠三吉さんの詩の一部。

30年以上たった今でも、光景が重なって浮かんできます。

中学生だった私たちと、当時の私たちがみた1945年8月6日…

あの頃(1990年ころ)、夏になるとTVで戦争や原爆の番組が流れていました。

「昔はよかった」という話ではなく、 今は、自分が見たい動画ばかりが表示される時代だから、
自分から求めなければ、こうした言葉や歴史に出会う機会は少なくなっているように感じます。

新潟にも被爆者の会があって、

かつて約300人いた会員は、今では20人ほどだそうです。

実際に体験を語る方が少なくなっていく中、演劇くらぶ「葛の葉」が31年間語り継いできたことの重みを感じます。

一日経って、この朗読劇を観て去年よりも「怖い」と感じていることに気づきました。 去年よりも、戦争の足音がもっと近くに聞こえるということ。 そして、新潟の原発が再稼働しちゃって、放射能の危険性が身近な問題になったということ。 それとともに、福島の放射能事故が今も未解決のままだということ。 だから、81年前の広島・長崎が、遠い昔のこととは思えなくなっている。

この日は各地大雨で、道路は冠水して、なんとか会場へたどり着きました。

行きたかったのに行かれなかった人も少なくなかったと思います😿

私はこの日限りの公演だと思っていたけれど、 次の公演は、8月6日㈭午前9時~新潟市役所本館です。 その日午後にも公演があります。(チラシご覧ください👀)

31年間続いてきた「平和の種」が、 これからも多くの人の心に届き、それぞれの場所で芽吹いていきますように。



おまけとご案内―

演劇くらぶ「葛の葉」は、宮沢賢治作品が多く、『貝の火』は二度観ました。

子うさぎのホモイが、息子と重なって見えるのです。

慢心してつまずく子ども。そのつまずきを親はどうすることもできない。 でも希望を感じるお話です。

演劇くらぶ「葛の葉」を主宰する白神さんは、小さな美術館季(とき)の「近代文学カフェ」でご一緒しています。 (キホン的に毎月第3土曜午後開催)
昨年の秋は、白神さんと仲間のキミイさんが、「鹿踊りのはじまり」(宮沢賢治作)を秋田弁で朗読してくれました。 ススキいっぱいの囲炉裏端で、お二人の絶妙な秋田弁の掛け合いを楽しみました。
文学カフェでは、それぞれの「読み」が色々で、聴いていておもしろいです。
誰でも参加できるので、よろしければおいでください。